【赤この】0904
・木葉さんの独白みたいな
隣で眠る男は、木葉秋紀の恋人である赤葦京治だ。年下の、後輩。いま時期は春高に向けて忙しい時期だろうに、それはそれとして、と泊まりに来ている。一人暮らしをしている木葉の家からでは学校は遠いのに、それでもこうして会いに来てくれるのだから愛されてると思う。
少し癖のある髪をなでて、目を細める。まだ起きるには早い。今日は土曜で、朝練がないというのにいつもどおりの時間に起きてしまったのだ。そもそも木葉は高校を卒業し、今所属しているのは大学のサークルなのだから早起きの必要もなく。染み付いた習慣というものは、なかなか抜けないものである。
朝練で早起きしていたころから、もうすぐ一年が経とうしている。最後の春高は準優勝。おそらく部活に精を出すほとんどの者が羨む結果である。全国で二番目。それ以下はそれ以下でしかないのだから。
不甲斐ないプレーをしたと後悔ばかりがあった。もちろんあの日、コートの上でエース・木兎光太郎に対し、感謝と激励を伝えたことに嘘はない。それでも心の奥には小さなソレがあって、しばらくそれ以外を受け入れることができなくて、だけれど、それを打ち破ってくれたのが隣にいる赤葦だった。彼はいつもどおりの平坦な声で言った。「セッターレベルのトスをスパイカーに求めなければ勝てないなんて、それだけ相手が強かったということでしょう」。そして間髪入れずに続けた。「負けない試合はない。それを誰もが目指すスオレンジコートで体感しただけ。それだけですよ」、と。木兎も、決めきれなかった自分に要因があると言いたげなことを口にしたが、木葉からすればそうではなかったし、そんな後悔はいらないと言い切れるものだった。
わかっていた、当たり前のことだった。木葉自身が木兎に思うのと同様に。それに、常勝などありえないしいつかは負けるものだ。それが少しいい舞台で、頂点か一段下かを決めるいつもより少し格の高い試合だっただけ。わかっていても、一段下に据えられる決定打が自分というのは心にくるもので。
わかっていたから、なにも言えなかった。言えずにいたら、彼がそっと抱きしめてきた。唐突だったが、心が静かに喜んだ。なにせ木葉は、赤葦に恋をしていたから。そして知っていた。赤葦もまた、木葉に恋をしていることを。お互い知っているうえで、関係を進めることはなかった。その当時の二人にとっては、お互いのことよりも部活が優先だったからだ。
それを破ったのは、赤葦の抱擁。示し合わせて時期を決めたということはなく、もし心が変わったのならそれでいいと木葉は思っていたのに、そんなことはないと教えるような体温は今でも思い出せる。
彼が囁いた「もう、捕まえてもいいですか」の言葉に笑った記憶がある。なにせ、抱きしめられているのだ。自分がなにを返したかは覚えていないのに赤葦の言葉はしっかりと覚えているあたり、一言一言が嬉しかったんだろう。
ただ、「まだ部活あるだろ」と返した記憶はある。どのタイミングだったかは忘れたが、自分が赤葦のバレーを邪魔してはいけないと、告白をしない理由をその時も頭に浮かべていた。しかし赤葦は「あんたを一人にしてるほうが気になって仕方がないんです。……ねえ、俺のになって」と、どこか甘い声を出した。高校二年が吐く口説き文句ではないだろうと、高校三年相応の知識を持って思った。今はもっと、甘い言葉を吐く男だ。
「……あかあし」
思い出したら、起こしたくないにもかかわらず名前を呼びたくなった。いつもどおりの名字。付き合い始めてからだって名前を呼んだのは片手で数えられる程度で、お互い呼び慣れた名が一番嬉しいし、安心する。
木葉の腰に、腕が伸びてきた。抱き寄せるように力がこもったから、起こしてしまったかと思ったがそんなことはなく。寝息はそのままに、抱え込むように腕の中に収められてしまった。
赤葦は、バレーは高校で最後だと言った。大学に入ってもやるかもしれないが、それは今ほどの熱量は持てないだろうと。それだけ梟谷のバレーが情熱を注ぐに足るものになったということだ。対して木葉は、大学のサークルでだって同じような熱量で真剣に取り組んでいる。それは、梟谷で覚えたバレーがどこまで通じるのか試してみたくなったからだ。どちらも青春のすべてが起点になり、未来につながっている。
そしてこの体温も。木葉を捕らえた腕は、この先だって離す気がないと言っているのだ。
愛していた。あの日々の中でも、いつでも。ただ、バレーよりも、とならなかったし、そうしたら一番、赤葦が気にしたはずだ。木葉が邪魔をしたくないと思うように、彼も邪魔をしたくなくてなにも言わなかったのだから。先輩後輩の範疇で、最大限に愛を注ぎ続けた。その結果が今で。
これからどうなるのだろうと、不安に思うことはある。だが、いい意味でどうもならないとも思っている。木葉はもう赤葦の腕から飛び立つ気はないし、赤葦も逃がす気はないはずだ。こんなにも自信が持てるのは、後悔からすくい上げてくれた赤葦となら、なんだって乗り越えられると核心しているから。
「……すきだよ、あかあし」
カーテンの隙間から朝日がほんの少し差し込む。木葉を抱く腕の力が、ほんの少し強くなった気がした。