【HQプチホラー】0913

・青城メインだと思われる怪異系プチホラーの冒頭。
・及川さんと岩泉さんのみいる。続くかもしれないし、ないかもしれない。

 夢を見た。太陽も、星ひとつすらもない真っ暗闇の中だった。ただ、正面にひとつだけまばゆい光があった。月か、星か、それとも人工光か、近づくことができなかったためそれが夢だとわかったのは、次の瞬間の視界が、ベッドの中だったからだ。顔から、上半身から足先まで、全身が汗だくの状態で。
「……ゆめ」
 小さく、ひとり呟いた。夢を見たのだ。それは間違いないはずなのに、どこかそうではないような気もして。吐いた息が空気に溶けていったのかどうか、それすらも突然、確信が持てなくなってしまった。

 朝早いとはいえなにかしらの音も、人も、いつもならある。部屋から出てすぐの違和感はそれだ。父親よりも先に家を出るが、朝食を準備してくれる母親の気配も、調理する音も聞こえない。BGM代わりについている情報番組の音すらない。
 まだ、寝ているのだろうか。廊下を進む道中、閉められたままの両親の部屋を二度ノックした。返答はない。両親の部屋とはいえ返事が返ってこない部屋へ侵入する気は起きず、違和感を抱えたままリビングへ向かう。
 その時だ。こんな時間に鳴るわけのないインターフォンが、鳴った。廊下を進む足の速度をわずかに落とす。そうして時間を稼いでも、もちろん誰かが応対する気配もない。仕方なく、リビングへ向かう足の進行方向を変え、そのまま玄関へ。
 念のため、ドアスコープを覗く。すると、湾曲した視界に現れたのは見慣れた幼馴染の顔。慌てて鍵を開け、それからドアも開けた。
「っ、及川! おばちゃんとおじちゃんは……!」
「どうしたの、岩ちゃ」
「いいから!」
 焦る声に一瞬怯んだ。しかしすぐに首を振った。なにかを言う前に両親の様子を尋ねてきた幼馴染に、自分が朝目覚めて感じた違和感を覚えているのだろうと理解した。しっかりと制服に着替えている幼馴染、岩泉を、及川は自宅の中へと招いた。

「その様子だと岩ちゃんちもおばちゃんたちいないんだ」
「いないどころか……、なんか作ろうとしてたんだろうな、鍋がコンロの上で空焚きになってて危うく火事だったっつの……」
「あぶないね、それ……」
 背筋が震える。突然親が姿を消したうえ、家が火事未遂に遭うなんて最難どころではない。及川の家は、玄関から再び自室へ戻ってくる際にキッチンを確認したところ朝食と思われる料理がフライパンの中にあった。火は止まっていた。
 しかし、岩泉家の状況を考えると、なにかがあって席を外したというより、まるで突然消えてしまったように思える。なぜ。昨夜の様子におかしいところはなかったし、おやすみだって言い合って眠りについた。それに、周りの音も一切ないのが気になる。
「……とりあえず学校、行ってみようよ」
「なにかあてが?」
「あて、ってほどでもない。俺が考えてることはあるけど、先入観持ってほしくないからまだ言わない」
「……ま、俺も同じくだな。学校行ったらお互いの考え言い合うでいいか?」
「うん……、そうしよう」
 静かな空間だ。二人の声以外は物音すらない世界。そんなことがあり得るのだろうか。及川は制服に着替え、授業と部活のためのカバンを提げて、無機質な小さな音すらもありがたいほど、無音の世界。
 三百六十度、どこからでも取り入れられる光が救いだった。数十分前に体験した真っ黒の夢は、なにもなく無音だったから。無関係ではないと思っているが、なにぶんなにもなかった。まっすぐと自分を照らすまばゆい明かり以外にその空間にはなにもなかった。もしかしたら関係ないかもしれないし、ほんの少し関わる程度かもしれない。だから岩泉に話す段階にはないと思った。学校へ行く、と提案したものの、なにかがわかるかすら、わからないのだ。
 二人は、自然といつもどおりの会話をした。及川には無音の世界だが、岩泉からするとどうなのだろう。会話の途中で聞いてしまおうかと思ったが、そうではなかったときに『及川の状況』から結論を逆算してしまう危険がある。現状、どちらかといえば怪奇事件寄りの状況だ。常識の範囲内で物事を考えてしまわないよう気をつけた方が良いに決まっている。
 道中、車の一台にも会わなかった。もちろん人間にも。これはいよいよおかしい。こめかみの少し上から、汗が流れていく。通い慣れた学校だって静まり返っていて、それでも自然と、部室に足が向いた。
 部室前にはすでに人影があった。見慣れた人間である。しかし駆け寄ることはせず、ゆっくり、慎重にそちらへ向かう。
「マッキー、まっつん、おはよう」
 そこにいた二人の顔色はどちらかといえば、蒼白だった。

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