【HQホラー】0928

・ホラー(笑)が書きたかった

「龍、今週何回目だ」
「日曜が週の初めなら一回目、終わりなら三回目だな」
「俺がいたとき以外に二回もあるのかよ! ちなみに俺は四回目」
「ノヤっさんのほうが多いじゃねえか」
 慣れたものである。空の色が紫とオレンジと黒が混ざりあったマーブル色だとしても動揺も混乱もしない。なにせ彼らは今週だけで三回、または四回もこういった怪異に巻き込まれているのだ。
「それにしてもノヤっさんと二人ってのも珍し……、や、初めてか?」
「あー、確かにそうか。基本誰かしら一緒にいたしな」
 キョロキョロとあたりを見回して、西谷が右を指さした。現在の正面には駅があるが、指を指した方は森だ。そこまでの田舎ではない街の、主要駅の隣に森がある時点で常識もなにも存在しない世界である。二人はそちらに向かって走り出す。背にした商店街側からは、崩れた体の人とも言えないヒトが、ノロノロと近寄ってきていたから。
「旭さんがいれば出口すぐわかるんだけどなあ」
「俺たちじゃバケモン祓えても出口とか危険の感知ははっきりできねえぇもんなぁ」
 走りながら雑談ができるのはさすが運動部といったところか。道のない森に入り込んでも互いを見失わないよう、田中が自らのカバンからロープを取り出して両端を握りあった。これは過去、まだ経験が浅かった田中が巻き込まれた怪異の中で、ともに巻き込まれた先輩の菅原と手を繋いで歩き回った際『こんな世界で誰かと手を繋いで歩くなんてなにも集中できない』と強く認識したため、なにかがあったときのために常にカバンに入れてあるのだ。
「そういえば二日前のやつ、初めて翔陽と巻き込まれたんだけどよ」
「はぁ? 日向と?」
「おう。あいつコッチでもすごかったぞ! バーンって!」
 田中は、簡素で端的でなにも伝わってこない説明に思わず乾いた笑いを浮かべた。そんなことよりも後輩にも、対怪異関係の力を持つものがいるということのほうが驚きだった。田中はまだ、いつものメンバーとしか怪異に巻き込まれたことがなかったので、いいことなのか悪いことなのか、わからなかった。まあ、初心者に説明するとか面倒を見るとかバレーならばともかく怪異関係は無理だと思った。
「てかノヤっさん、なんでコッチだってわかるんだ?」
 田中は首をかしげる。先程も話題にしたとおり、先輩である出口や怪異の原因を感知する力は田中と西谷にない。ふたりとも現世で怪異を見たり聞いたり、殴り飛ばして祓ったりできるだけである。
「ソレはこれだ。月島が作ってくれたんだよ、俺でも感知できるように」
 彼の口から出てきた名は、また別の後輩の名だった。田中はひっそりと泣いた。後輩の半分が同じような体質のうえ、西谷の持つもの、お守りを作れる程度の力を持っているということだからだ。
「なあノヤっさん」
「なんだ、龍」
「もう部室と体育館ならコレ系の話しても大丈夫そうだしよ、これからはちゃんと報連相してくことにしねえか? 月島と日向がそうだって、みんな知ってるのか?」
「アイツらが言ってないなら知らないだろうな!」
 眼の前には、木々の合間を切り裂くようなビビッドカラーの隙間がある。ここに飛び込めば帰れることはわかっているが、珍しいタイプの出口である。全力に近い速度で走ってきたこともあり、ヒトや化け物は周囲にいなようだ。
「帰ったら大地さんに言ってミーティングしてもらおうぜ」
「来週の練習試合のか?」
 田中はカバンにロープをしまい、西谷の背中を押して、裂け目の中に押し込んだ。そして、自分もあとに続いて。
「こういうののことに決まってんだろ!」

 彼らが所属する烏野高校排球部。なんの因果か、現二年・三年(マネージャー含む)は全員霊能体質で、その道のプロが見れば羨む空間である。そしてまた、今年の一年の半分が同じ体質だというのだから、一旦の情報共有は必須だろう。今まではそうではないとわかっている人間がいたから、現世で怪異の話は避けてきたが、その必要がないのなら皆が知っておいたほうがいい情報は多いはずなので。
 目を開けばそこは部室。怪異のありがたい点は巻き込まれている最中の現世時間は一切進んでいないというところにあるが、そもそも巻き込まれなければそんなことをありがたがる必要はないため、やはり怪異は悪である。
 田中は手に残った、ロープを握っていた形跡を見てひとつため息をついた。もう巻き込まれないといいなあ、なんて、叶わない望みを願いながら。

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