【金国】0919
・時期とか場所とか捏造
2019年春、世間ではゴールデンウィークと呼ばれる季節だ。金田一と国見は影山からの呼び出しを受け、宮城県の海に来ていた。半年前にした「またバレーをしよう」という約束を叶えるために。
海、とは。そう思っていたし駅で合流した国見も少し嫌な予感がしていたと言う。それでも帰ると言わなかったのは、あの頃のわだかまりなどもうないと教えるためだと思った。国見は普段の見た目どおり素直ではないから。
金田一とて影山が中学と同じままではないと高校の三年間、ライバル校として対戦を重ねてわかっていた。だから半年前、当たり前のように約束を受けたし、当たり前のように今日も来た。海とは、思っていなかったが。
「さいあく……足砂だらけ……」
「持ち物が着替えとサンダルって、まあそういうことだよな……」
ビートバレーをやると教えてくれればよかったのに、そういう言葉の少なさはあの頃と変わらない。しかしやはり、嫌ではなかった。あの男が変わったのは十分にわかっていたし、変わった理由を隣において幸せそうにしているのもまた、あの頃では想像もできなかった表情だ。
ほんのひと月ほど前までは金田一も仙台にいて、足についた砂をほろいながらサンダルを履いた彼、国見の隣にいた。先程までは本当に楽しそうにバレーをしていたのに、正気に戻ってしまったのだろう。いつもそうだった。試合中はそれなり、ここぞというときは全力でやるというのに、それ以外はとにかく無気力で文句ばかり口にして。
そんな彼がずっと好きだった。友人は少なくはなかったが、結局誰よりも長い時間を過ごした。四月から埼玉に就職を決めて離れ離れになるとわかった直前に告白をすればよかったのにできなかった。少しでもいい形で、国見の中に存在していたかったから。だが、ひと月と少し、ひとりで暮らして、研修に明け暮れる仕事と実業団のバレーをこなすうち、隣にいない存在をより一層求めてしまうようになった。
「なあ国見」
中途半端だからいけないのだ。あの頃だって、拒絶した影山を拒絶しきれなかった。心の何処かでは彼を案じていて、片隅に存在していた。同じ県内でバレーをする間はいつかは出会えるし、練習試合だってそれなりに組まれて。彼がVリーグに行ってからはやはり期待の新人だけあって名を見ない理由はなかった。話題にも出る。あの頃、きちんと言葉で殴り合えなかった罪悪感だって、そんな日々を過ごすうちに薄れていった。
だが、国見相手はそうではない。もうただの社会人で、様子をうかがわなければ生きているかどうかすらわからない存在。求めても、ままならないこともあるのに忘れることができない。一方的に想うだけでいいと決めてしまったから、想うだけ、想ってしまう。その感情は本当に一方的で、返球のないスパイクを打ち続けているようなものだ。
「体、大丈夫か?」
「……まあ。筋肉痛にはなりそうだけど、俺は近いし大丈夫」
「俺は、お前がどっか怪我すればいいのにって思った」
「……は?」
ぶつけてしまおうとも思った。想うだけ想って、返ってこないことを受け入れられたのは隣にいたからなのだと思い知った。自分の感情への返球がなくとも、隣で他愛のない話をして、ただ上げられるパスがあるだけでそれでよかった。
「養えって言っただろ」
「……そんなの冗談じゃん。なに真に受けてんの」
「それでも良かったんだよ、俺は」
国見の不機嫌そうな視線が刺さる。これで終わりになるなら、全部言ってしまえと。
「離れてわかった。俺、お前が隣にいないの、落ち着かねえよ」
「……バカなの? お前が勝手に埼玉に行ったんだろ」
「それは、そうだけど……、だけど、離れても大丈夫だって、あのときは思ってたから」
「そんなの! ……俺は」
睨みつけてくる瞳は、ほんの僅かに潤んでいるようにも見えた。楽しかった時間のあとに悪いな、なんて誰にも言えない罪悪感を胸の奥にしまいこんで、伸ばせない腕をおろしたままで。彼の言葉を静かに待つ。
「俺は、……嫌だった。お前と、離れるの……」
「国見……」
「お前がなに言いたいかは知らないけど。俺の言いたいことはわかるだろ」
かぶっている帽子を目深にかぶり直して、表情を悟らせないようにするあたりが国見らしいと思った。素直に、胸の内を明かしてくれたのだ。冗談、と言い放つような余白もないほどに、殻に閉じこもってしまった。
砂の中を、一歩ずつ歩む。不安定な地面はまるで、自分たちのようだと思った。彼の心が、思うとおりならば。
「くにみ」
真後ろに立って、そっと、抱きしめた。昔から大きさの比率は変わらなかったが、運動をやめた国見の体は少し細い気がした。彼を抱きしめるなど、試合に勝ったあとの上がりすぎたテンションでくらいしか経験がないというのに。
「好き」
「……おせーよ、バカ金田一」
「もう受け取ってもらえねえの」
埼玉と仙台。ちょっとやそっとでは会うことの出来ない距離だとしても、点と点がつながっているかどうかは大きな違いだろう。早く告白していたところでその道を変えたかどうかなどわからないし、たらればで話をする趣味もない。今、互いが選んだ道を進みながら感情を絡ませるためには。それを考えたほうが効率的なはずだと。
「……干からびてないなら、もらってやってもいい」
「いつだって新鮮だっつーの」
「金田一」
腹に回した腕に、彼の手が触れる。手の甲をくすぐるような指の動きに思わずドキリとしたが、首だけで振り向いた彼の視線のほうが、よっぽど色気があった。
「ふたりっきりになれる、静かな場所に行こう」