【金国】0929
・事後表現
まどろみから、抜け出せない。気怠い体が抜け出ることを拒絶しているようだ。寝返りを打とうとしても体にまとわりつく腕がそうさせてくれない。眠りについたのはいつだったか。記憶にないが、後始末まではしたのだろう。おざなりにして眠ってしまったあとの不快感はない。
今日、こうしているのは完全なイレギュラーだった。親戚の法事で実家に帰省していた恋人の金田一が、両親から国見の家に泊まれと促してきたことが要因である。
大学を卒業し国見は宮城で、金田一は埼玉で暮らすことが決まったときに、なにを思ったのか金田一は家族にカミングアウトしたのだ。国見と交際していることを。しかも国見を実家の夕食に呼んで、計画的に。一番驚いたのが国見だったことからも、両親は金田一の告白を好意的に受け止めてくれた。国見はその反応に安堵したが、自分の実家にも話を通さなければならないと気づいたときには崩れ落ちてしまったが。こちらも懸念とは裏腹に案外あっさり、受け入れられてしまった。
そんな過去があるものだから、国見は金田一の実家によく足を運んでいた。最初こそいつもの無気力は鳴りを潜め、ほんの少しの猫かぶりで応対していたものの、元々の国見を知らない相手ではなく、すぐに皮を剥がされてしまったが。今では食事を共にしたり、自家用車持ちの利点を活かした市街地への足代わりになるなどの関わりがある。
金田一の両親は、あまり会えない二人のことを心配してくれていた。だからこうして、こちらに寄越してくれたのだろう。今回は帰省を知っていたものの、理由が理由だけに会う時間はないだろうと思っていたから、迎えに来てと呼ばれたときには悪態をつきながらも喜びを隠せなかった。
「きんだいち……」
何年付き合っても未だに名字で呼び合っている。いつかは、名前で呼びあうようになるのかもしれない。だけれど、どうしてもこれがしっくりくる。男女の交際のようにいずれどちらかの名字になるという予定もなく。二人が死ぬまでに法律が変わったらあり得るかもしれないが、今のところは気配もない。それならば国見は国見だし、金田一は金田一だ。
ただ、国見はひとつ、金田一には伝えていないことがあった。
「……ゆうたろ」
彼が眠っているとき、そして、一人で金田一の家族と会っているとき。そのときだけは彼を名前で呼ぶ。バレーにかけた青春時代、なんて甘酸っぱい言い方をするのは性に合わないが、あの時代の延長としてそばにいるのだともうすでに思えなくなっていた。だが、キスをしてもセックスをしても、なにかが変わっている気がしなくて。矛盾しているのはわかっている。
変わっているのは物理的な距離だ。そばにいられない時間が、恋い焦がれる対象へと変えた。それは、青春時代の片想い期間よりも苦い。捨てようとしていたものより、手に入れたのに触れられないことが、いかに厳しい環境かを身を持って知ってしまったから。
「……もっと、あいたい……」
眠っているから、普段は口にしない泣き言もこぼれ落ちる。言えやしない。こんな、女々しいこと。あのとき、いかないでと言えなかったのがすべての始まりだ。涙を流すわけではないが、泣く権利などないと、国見は思っていたのだが。
背に回った手に、不自然な力がこもる。国見は、顔に熱がこもるのを感じた。腕の中に閉じ込められているが、顔を突き合わせて眠っているわけではなく、国見が金田一の胸に埋まるように眠っていた。だから、金田一が目覚めたとしても、声が上がらなければわからないのだ。
「……あ、あきら」
「っ……!」
頭上から聞こえた声に、思わず体が震えた。そこから聞いていたなら、眠っていると思って吐いた弱音も聞かれていたに違いない。嫌だ、知られたくない。閉じ込められた腕から抜け出したくて、身を捩った。
「おい、っ、くにみ!」
抜け出そうとしても、現役スポーツ選手に勝てるわけがない。勝てる試合ではなかったのだ。それでも抗いたかった。弱い自分では、一人遠方に旅立った金田一の隣に立つにふさわしくない。
「いやだ、っ……」
「なにが嫌なんだよ、……っ、あきらっ」
拒絶以上の言葉を吐かない国見に焦れたのか、金田一が覆いかぶさってそして、唇を塞いできた。寝起きだろとか、重いとか。そんな文句を言う暇も与えられず、舌をねじ込まれて呼吸を奪われる。それだけで全身が幸福に震えるのだから、いよいよ末期だ。
「……落ち着いたか」
「落ち着くわけないだろ……」
困った顔。嫌いじゃない表情だった。唇が唾液で濡れているのも悪くなくて困る。こっちもまた、困った顔になっている気がする。
「俺だって、いつも会いたい」
「……バカ」
「だけど国見が……、英が応援してくれたから、頑張りたいんだ」
まるで紡ぎ慣れた音のように名前を呼ばれるものだから、自らの心臓がどくどくと忙しなく動いているのがわかる。そんな声で、そんな顔で。愛おしいなにかだと言うような優しげな顔で、見下ろしてくるのは、ただただずるい。
ずるいうえ、わからされる。こんなふうに、直球ストレートの愛情に飢えていたのだと。キスもセックスも直球の愛情表現だが、顔が見えなかったり、頭がうまく回らない状況だったり、どうしても自分が躱してしまう状況にあるから受け取れていなかっただけなのだ。何年も触れ合っているのに、実はなにも知らないのかもしれない。だから、変わっていないと感じてしまうのかもしれない。
「……ゆうたろう」
「ん」
「俺、おまえの事応援してる。だけどそれと同じくらい、いつも会いたい」
「うん」
「……重荷になりたくない。でもいつも俺のこと考えててほしい」
「別にそんなの、重荷じゃねえよ」
「でも、矛盾しかしてない。キスしてセックスして、こんなに愛されてるのに、愛されてる実感が……今まで全然、なかったのかもしれない。俺だけが好きで、愛してると思ってたから、足りなくて、勝手に苦しくなって……」
声が震える。泣きたくないのに。
「おまえが素直じゃねえからだろ」
「……なんの関係が、」
「俺の親だって、直接言わねえだろうけどおまえのことめちゃくちゃ好きなんだからな。なんなら近くにいるぶん俺より息子だと思ってるかもしれねえし……」
そんなわけないと否定したくとも、普段の世話になりっぷりを考えれば否定もしきれない。そうか、と、国見は声をあげた。
「……愛されてる?」
「そりゃそうだろ。中学んときから知ってるんだから」
「勇太郎も?」
「……そりゃあ。愛してるよ、英」
顔に合わないなあ、なんて、思わず笑う。その声で、その顔で「あきら」というのも、やはり違和感。それもまた、愛されてる証なのだろう。
「なあ」
「ん?」
「シよ。俺、もっと愛されたい」
「は、だって今日平日……」
「確率低いかなーと思ってたけど、一応有給取ってあるんだよ。無駄になんなくてよかった」
愛されていることを、色んな角度から感じたい。だから今日はスローセックスで。その表情を、あますことなく記憶させてほしいから。