【月+二】0926
・月の対バレー感に夢見がち
練習試合の相手として伊達工業高校は回数の多い相手だ。目まぐるしく対戦相手を変える梟谷グループの合宿は、練習試合とはまた違うものなので当然除外してだ。
伊達工は、レシーブを強化して繋ぐバレーの音駒高校と同じく、守りを主軸としたプレーをする。ただし、その守りは攻撃に直結するブロックだ。守りの強化はそこそこに、スパイクを中心とした攻撃力特化のプレースタイルで戦ってきた烏野とは、正反対の。
去年の三年がいた頃と、今のプレースタイルは違う。去年は、個の攻撃力が圧倒的に高かった。そんな烏野で、守備の要となっていたのが月島だ。本人としては不本意ながら音駒の黒尾から教わったブロックの技術を、実践中心に磨いてきた。
それでもやはり『本場』のブロック技術には及ばない自覚があった。もちろん伊達工だ。丸一日をかけた合同練習及び練習試合を行っていて、今日もまた、その技術の高さに敗北を喫している。もちろん相手は去年の春高予選からの体制で、一年ほど同じチームだ。対してこちらは新体制になって間もない経験値の少なさもありインターハイの県予選では決勝で負けた。しかしそれは言い訳でしかないし、負け続けていい道理はない。そして、技術の進化を止める理由でもない。
「二口さん」
「んぁ? 月島くんじゃん」
試合の合間、休憩時間は学校の垣根を超えた交流が行われていた。それもまた、ただのライバル校ではない関係が築けている証左だ。ただ、月島はそれをすることなく言葉どおり休憩時間にしていた。時折日向や山口が声をかけに来るが、休憩だからと取り合わないことが多かった。だが、今日はそうではないほうがいいと感じた。今年の春高予選はもうすぐでこのままだとまた、負ける可能性がある。
月島は、すべてをかけて部活に情熱を注いでいるわけではない。たかが、と思うことはなくなったが、情熱を注ぐだけが本気ではないし、自分の性に合わないのだときちんと理解した。冷静に、理性的に。本能で動くバレーは、本能で動く人間に任せればいいのだ。
だから冷静に、負けないための策を講じる。勝てないのであれば、その相手の技を得ればいい。素直に聞いてしまうのも手だ。
「ブロック、教えてください」
「……はあ?」
二口の眉が寄る。怪訝そうな目。手ぶらで教えを請うのもおかしいためボールを抱えてきたが、彼の視線が月島の顔に向いたあと、すぐにボールへと向かった。そしてまた、眉間のシワが深くなる。
「試合で当たるかもしれない相手に?」
それはもっともだ。だが、こちらにもそれに対する反論は準備してある。
「そちらは僕に手の内を明かすことになりますが、逆に言えばそちらは僕の手の内をひとつ、知っていることになります。どっかの変人たちのわけわからない行動よりマシだと思いますけど」
烏野には、進化を止めない人間がいる。それも一人ではなく。ついていけないし、いく気もない。そもそものスタンスが違うのだ。
「……プレゼン力そこそこあんじゃん」
「褒めていただき光栄デス」
二口の顔から怪訝さは消え、どこかイタズラめいた顔になった。こちらの思惑に乗ってくれた、ということだろうか。
「黄金ェ!」
「っ、ハイィ!」
彼が呼んだのは月島とも関わりのある同学年の黄金川で。彼は彼で、日向を正面に据え跳躍力と高さの勝負をしていた。月島からすれば小さな子犬と大きな子犬がじゃれ合っているようにしか見えないが。
そんな、大きな子犬は二口の声に体をはねさせて、従順にそばに寄ってきた。なぜか小さな子犬もついてきた。
「ブロック練すっからスパイク打て」
「えっ、俺がっすか!?」
「なんですかそれ! 月島ずりぃぞ、おれも練習する!」
「うるさいなおチビは」
「はは、じゃあ日向飛べよ、黄金のトス打てるならな」
「打てます!」
静かに教えを請う予定だったのに、余計な子犬がついてきてしまった。月島はひっそりとため息をひとつ。だが、それも悪くないと思う、自分もいた。
「よろしくお願いします」
隣に立った二口の目は、どこか黒尾を彷彿とさせるようにきらめいていて、きっとこの人もバレーが好きで、後輩が好きなんだろうなと思ったことは、胸の奥にしまい込んだ。
休憩時間は休憩をするための時間だ。だが、たまには動くのも悪くない。