【HQプチホラー】1014
・瀬見川西白布の異界迷い込みSS
普段の迷い込みならば勘を頼りに走り回る。幸いこの異界、という空間は現実と時間の流れが違うようで、一週間くらいなら迷っても問題ないから。俺は迷い込むことでサバイバル能力が上がったかもなあと現実逃避、いや、異界逃避かも。
白布が感じるままに俺たちを連れてきた総合病院は、普通なのに普通じゃなくて、変な感じ。
例えば今までの非現実世界って、タイムスリップしたと思わせるようなすごく昔の、侍とかがいそうでそこかしこから血の匂いがして矢が飛んでくるような世界とか、某ゲームみたいな腐った人型の存在が闊歩する世界とか、これから生贄を捧げまーす的な瞬間に立ち会ったせいでせっかくだしアイツも生贄にしよーぜ!ってノリで追いかけ回される世界とか。そういう命が関わる世界が多かったんだよな。
誠に不本意かつ、呼ばれたことに全く納得できない状況でしかなくて、ただ、俺を呼んだ人たちは同情というか、ちょっとだけ手を貸してあげたくなるような人が多くて、原因を排除するのが帰るためだけじゃなくて助けてあげたいっていう気持ちからでもあった。
今回のこの異界、って、そういうんじゃない。なにかを排除しなきゃいけない空気はあんまりなくて、川西と白布の言うとおり誰かが遊んでほしいって言ってるみたいな。
「ここにいんの?」
「気配は、あっちから……」
川西の問いに指を指した白布は、持ち上げた腕をそのままに言葉を、止めた。その前には俺も、川西も視線を向けてたけど、指の先にある光景はもちろん言葉を止めるにふさわしい光景が広がっていたわけで。
「……遊んでほしい子供の世界? あれが……?」
「だって、あんなのがあるような感覚、一切ないんですよ……!」
白布が指を指した先。そこは周りの、なんでもない景色と違って、ひび割れた石か、コンクリの外壁に生い茂った苔と、なんの植物なのかわからないツタがまとわりついてる。そこだけ、異様だ。本当にそこに、構ってほしいだけの子供がいるというのか。
ただ、異様なだけで怖いとか嫌だとか、マイナスな感覚はない。それもまた異様な感覚だってことはわかる。なにも浮かばないんだ、それに対する感情が。
現実ではない世界は、誰かの思いによって作られた世界であることが多い。俺調べ。その人のマイナス感情が記憶とグッチャグチャに混ざり合ってマイナスな感情だけが充満する世界が出来上がる。プラス感情の世界もあるのかもしれないけど、俺は入ったことないし、プラス感情しかないやつはこんな、隔離した世界を作らないし人を呼ばないんじゃないかなって思う。マイナスだからこそ閉じこもって、呼んで、巻き込んで落とす。くらい、マイナス感情の中に。
「おまえらさ、あの建物見てどう思う?」
例えばその無感情が俺だけなら俺が麻痺ってる可能性もある。そんな可能性合って溜まるかって話だけど。
「……汚いなあって……」
「なんであそこだけあんなに廃墟なんだろうな、とか」
「怖くねえし、気持ち悪くもねえの?」
問いかけに、白布と川西が顔を合わせる。俺だけじゃないってことがわかっただけでもでかい。ひとつ安堵の息を吐いてまたツタまみれの建物を見る。感情を持てないそれが、なにを意味しているのか。とにもかくにも、帰るためにはあれをなんとかしなきゃいけない。どうしたらいいかなんて、さっぱりわかんねえけど。