【西+白】1010
・2013春高後、三年引退済み
・中学時代を盛大に捏造しています
「けんじろー!」
でかい声で呼ばれ、思わず身をすくませた。隣りにいる太一が不思議そうにコッチを見てるが、俺に非はない。声の主が悪いに決まってるんだ。
「久しぶりだな!」
「……この間試合したし今日もするだろ……」
うるさい。それはもう嵐のごとく。不思議そうにしていたはずの太一が吹き出したから、思い切りふくらはぎを蹴ってやった。縮めよ、背中蹴り飛ばしてやるから。
「おう! よろしくな!」
コッチからすれば辛酸を嘗めさせられた相手なんだから、本当ならフレンドリーな関係とかまっぴらゴメンだ。あそこにいる坊主とか、穏やかそうな顔した獰猛な獣とか、ああいうのは絡みたくない。別に知り合いでもないし。
じゃあ、目の前の男が知り合いかといえば。まあ、そうかもしれないと、言わざるを得ない。少なくとも中学三年間、俺のバレーはこいつがついて回ってたから。
「今日は負けねえ」
「俺たちだって負けねえ!」
俺の宣戦布告に対し表情を変えた男、西谷夕は、決して驕ることはない。昔からそうだ。
俺が通ってた豊黒中と、夕の通ってた千鳥山のバレー部は顧問が知り合いっていうよくある理由から定期的に練習試合をしてた。だから三年間、俺の上げたトスから打たれるスパイクを拾うのはこいつで、ベストリベロ賞を取ったこいつからいかに点を取るかが勝負だった。秋にやった春高予選でも、こいつは俺たちの脅威で。もちろん悔しいことに夕だけが俺たちの敵じゃなく、全員。だからこそ練習試合の相手にいいんだろう。牛島さんがいなくなった新しいチームの、新しい方向性を見出すのに。
「夕」
「ん?」
「試合前の自由練習。うちの後輩のスパイク取ってみないか」
新しい俺たちの中心は次のエースだ。いくら強いスパイクを打てたって、執念で拾う相手を負かさなきゃ点は取れない。じゃあ目の前の脅威から超えなくちゃいけなくて、その糧にされることを嫌がらない人間だからこそ、有効活用するべきだと。
「あのでかいヤツか?」
「そう、あのでかいヤツ。牛島さんを超えるエースになるとかほざいてるから、まずは夕から二点取れるくらいは決めてもらわねえと」
夕は、牛島さんのサーブですら三本目で返したバケモンだ。それを超えられなきゃ、牛島さんを超えられるわけがない。少し調子に乗ってる今、一回シメておかないと無駄に調子乗りそうだから。
「アイツのスパイク、ウシワカにも負けてなかったと思うけどな! でもただ拾うんじゃだめだろ。ブロック誰か呼んでいいか?」
「うん。コッチも誰か呼んどく」
「おし、じゃあまた後でな!」
元気よくそう言って、夕は烏野の輪の中に混ざっていった。これから誰かを練習に誘うのだろう。
「……白布って友達いたんだな」
隣から失礼なことを言うのはもちろん太一だ。俺はまた、ふくらはぎを蹴りつけた。
「友達じゃねえよ、知り合い」
「でも名前で呼んでた」
「流れでそうなったんだよ……、アイツの勢いに押されて負けないやつはいないと思ってっから」
思えば西谷、と苗字で呼んだのは数回だったと思う。アイツが勝手に名前で呼んで、短いから俺も名前で呼び始めた。どう考えても『けんじろう』より『しらぶ』のほうが短いのに名前で呼ぶ夕は、そんな事を気にして呼んでるわけじゃないんだなって思う。
そういえばうちのエースの先輩のことも名前にくん付けで呼んでたな。俺たちですら『タビ先輩』だったのに、アイツは『しゅんきくん』って。そういう、懐に入るのが上手いやつだったんだよな。あの人も懐に入れるの嫌いじゃなさそうだったし。
「……俺、五色に名前呼ばれたらキレるかも」
「なにそれ。俺は可愛くていいと思うけど」
「かわいいって図体かよ、アイツが。縮め」
結局、小動物感がいいのかもしれない。本人に言ったら殴られそうだけど。
***
「旅?」
それは、旧知の先輩のあだ名ではなかった。
「そうそう。夕くん、今エジプト? だかそのへんにいるって」
あれから数年後。アイツが世界をビュン、と飛び回っていることを太一経由で聞いて、めちゃくちゃ笑った。どうせ世界のどっかで誰か知らねえ人間の懐に入ってコミュ力発揮してんのが容易に想像できるからだ。
俺は、アイツの友達じゃあないけど。だけど知らない人間よりは知ってる。どこにいたって、変わらずにいるだろうことを。