【HQspmk】0910
シリーズ: HQspmk 第1話
・出てくるキャラは常に趣味と捏造でできています。いっぱい出したい。
・スパマケの設定をリアル寄り+都合よく改変しています。(開店時間とか…)
・これは確実に続く。
それなりに広い街の、少しだけ裏路地。店は朝十時に開店するものだから、それより前には準備を始めなければならない。店長である木下久志は、大きなあくびをしながら自分の店に出勤した。
店の、正面入口の鍵を開けて、変わった様子がないことを確認する。店からバックヤードにつながる扉を開けた後、バックヤードの中から路地へ続く扉を開ける。バックヤードの中は、昨晩の陳列を経て少しだけ在庫が減っているように見えた。
まずはパソコンをつける。そのパソコンに入れたシステムのネットワークは近辺のマーケットの情報が自動的に反映する優秀なもので、別の店舗の本日の売値が流れてくる。どうやら今日はオリーブオイルの平均価格が低いようだ。
他の店舗が安いならば、高値で陳列していては木下の店で買ってくれるわけもない。この店のモットーは『はしごするコスパと釣り合いを取る』である。あちこちを回れば最安で欲しいものが買えるところ、少しだけ最安より高いけれどあちこち回らなくていいという意識を客に与えることを重点的に値付けをしている。じゃあ、今日のオリーブオイル暴落も倣って価格を下げよう。木下は端末を操作した。
「おーっす」
「あ、矢巾おはよー」
バックヤードから入ってきた、少し色素の薄い男。彼は矢巾秀という。この店の従業員で、レジを担当している。今日は彼が一番早い出勤のシフトだったようだ。
「仕入れした?」
「今から」
「んじゃ手伝うわ」
矢巾は着ていた上着を脱ぎ、バックヤードのスタッフ用コーナーに畳んで置いた。何人かの従業員がいるが、全員分のスペースを用意できるほどバックヤードは広くないのだ。まだ、セクション6といったところか。拡張したらいずれは、と思っているが、どうせその頃には仕入れる商品が増えて同じことになるのが目に見えている。
「数叫ぶから発注しろよー」
「えっもう? 俺それ慣れてないんだけど!」
「慣れろ店長! まず赤の小麦粉いっこー!」
木下は慌ててパソコンに向かうと、矢巾の言う商品の数だけカートへ追加するボタンをクリックした。聞こえてくる声には元気だなあと思いながら、それでも彼の明るさには助けられている気がする。
次から次へと言われたものをカートへ追加しながら、昨日売れた商品の分析をする。まとめて買わせることを戦略としているから、品切れはあってはならない。足の早いものは別として、基本的には倉庫の容量いっぱいに在庫を抱えることにしている。初期資金が潤沢だったからこそできる戦略だが、それで常連がついているのだから良い戦略なのだろう。
「うぃーっす」
「おはようございまーす!」
大声で商品と数を読み上げる矢巾の声が、最後の商品を高らかに告げたちょうどその時、二人の声が聞こえた。早番は誰だっただろうか。発注を急かす声が止まったのタイミングで発注の確定ボタンを押し、木下もバックヤードの入口を振り返った。
「おせーぞ京谷!」
「うるせえな、シフトどおりだ」
そこにいたのは、品出し担当の京谷賢太郎。矢巾に文句を言われ大きな舌打ちをひとつした。もう一人は日向翔陽。彼も品出し担当である。いつものこととなっている矢巾と京谷の言い争い──基本的に矢巾の言いがかりが中心のそれを聞いて、苦笑いを浮かべている。
この店の陳列は閉店後が基本だ。遅番のシフトは閉店一時間が最後で、そこまでに店を埋めて帰宅する。そのため、朝出勤するとバックヤードがスカスカになっていることが多いのだ。朝のシフトは、一番早くて開店二時間前。前日の品出しでスカスカになった商品の発注、そして開店一時間前には倉庫を埋める。在庫のなくなってしまった商品があれば追加で陳列を行うなど、開店前最後の仕上げを行う。
そもそも朝、発注して開店に間に合うのか、という話だろう。それもまたこの街の面白いシステムがある。こんなにもローカルなスーパーマーケットが活発な街は他にはないという自信があった。別に、木下がなにをしたということはないのだが。
「おまちどー! ジョーゼンジ運送でーっす!」
発注からわずか十分。早番で開店時間よりずいぶん早く出勤した三人は、窓ガラスや床のモップ掛けなど掃除に勤しんでいた。木下は引き続き、発注量から売れている商品の分析だ。
穏やかなBGMを流していた店内に響いたのは元気な声である。今日はこっちか。木下はパソコン前から離れてバックヤードの入口に向かった。
「照島、徹夜明けのテンション?」
「コッチは二十四時間三交代シフトなんだよ。これが今日の俺の最後のシゴトー、つまり開放! ベッドが俺を呼んでる!」
同い年の運送会社社員は、いつも元気である。まあ、この元気な二十四時間営業の発注先がなければ今の戦略は成り立っていない。発注から納品までが早いのも助かる点だ。
どうしてそんなに早いかという話だが、ジョーゼンジ運送が配達、商品の受注・仕分けはオウギワクナン倉庫が請け負っているからだ。それぞれ別会社の形を取っているが会社の垣根なく助け合い、二十四時間三交代で営業していることにより配送までが爆速で進むのだ。なお、この爆速納品はこの街の一部のスーパーマーケットにしか行っていないサービスで、人脈というのは大切だなあと認識できる事柄のひとつである。
「ゆっくり寝なよ。はい、これ差し入れ」
「マジぃ? 久志くん優しすぎて俺泣きそー」
「そんなニッコニコで言われても」
茶番である。照島という男は、いつでも遊びを大切にしている。ビジネスの相手とはいえ、親しくなれば皆友だちの精神。この店の従業員は半分ほどその精神を受け入れているから、お互い仕事がやりやすいのかもしれない。
道路に面した歩道に置かれた荷物を、日向が一生懸命抱えてバックヤードへ運んでくる。今日の荷下ろし担当は東山のようだ。木下が手を振れば、少しオラついた見た目をしている彼はにこやかに笑って手を振り返してくれた。オラつき具合で言えば京谷もどっこいだが、こちらはほとんど笑うことがない。その割に店に来るお年寄りに人気なのだから、人間は見た目ではないのだ。
「じゃ、またよろしくー!」
さっそうと去っていく山吹色のトラック。品出し二人はもちろん、矢巾も運搬を手伝い、朝の準備が熟していく。あとは開店前出勤のシフトに入っている従業員が来れば、開店となる。
「さて」
木下は、パソコンの操作をする。今日の戦略は決めた。今日の夕食をパスタに誘導する価格設定を確定させて、陳列棚の値札を確認するために店内へと足を踏み入れる。目的の店の価格パネルが設定した価格を表示していることを確認して、正面ドアへと向かった。
ここはみんなの城だ。生活のため、日々を楽しく生きるため、今日も営業を開始する。